二度と戦争をしない平和主義の誓い
憲法9条について
日本の平和憲法は、太平洋戦争までの日本人がたどった戦争の歴史をくりかえさないために作られたものです。
先の大戦は、直接戦闘を行った軍人のみならず、戦闘地帯となった国々と地域でたくさんの犠牲者を出しました。私の母親の兄も、「体格が良い」ということで真っ先に召集令状が来て、フィリピン・レイテ島の戦闘で戦死しています。遺骨はなく、戦地の砂が入れられた木箱が戻ってきただけでした。
太平洋戦争・第二次大戦で、日本人は軍人230万人・民間人80万、合計310万が命を落としています。この他に戦争当事国の犠牲者は、米国が軍人40万人、独が軍人280万人・一般人250万人、中国は軍人130万人・民間人800万人以上とされています。(各国政府発表)
この犠牲者の中で、日本軍人の死因でいちばん多かったのが「餓死」でした。その割合は6割に達するという説もあります。
この説は歴史学者の故・藤原彰氏(一橋大名誉教授)により唱えられました。藤原氏は旧厚生省援護局作成の地域別戦没者(1964年発表)を基礎データに独自の分析を試み、『餓死した英霊たち』(青木書店)を著しました。この著書の中で、全戦没者の60%強、140万人前後が戦病死者だったと試算。さらに「そのほとんどが餓死者ということになる」と結論づけています。
近代になり、総力戦という形態になった戦争において、いちばん重要となる要素は、物資の供給と補充という「兵站」にあります。最前線の兵士から後方支援にあたる部隊に至るまで、武器はもちろん食糧といった物資を「どれだけ」「いつ」「どのように」届けたかは、戦闘行動にあたっては最も大切なこととなり、その記録も詳細なものが残るはずです。しかし日本軍と政府にはこれらの記録がほとんど残っていませでした。
そもそも日本軍はこの「兵站」を重要視していなかったと意見を作家の半藤一利氏は述べています。
*【資料1】「戦没者230万人:兵士を「駒」扱い 愚劣な軍事指導者たち 半藤一利さんインタビュー
このように、戦場に赴いた多くの人々の犠牲の後ろには、その数を上回る、彼ら兵士を戦地に送り出さざるをえなかった家族の悲しみや苦しみ、空襲に遭い疎開を強いられた子供たち等、非戦闘員だった国民全体の飢えと欠乏、政治権力がもたらした自由と人権の抑制があったのでした。
こうした悲劇をよく認識して憲法前文を読んでみましょう。すると、後段の1節である「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という文が、どれほどリアリティのあるものかが理解できます。
日本国憲法は平和を守るための美しい真珠
日本国憲法の起草はGHQ民生局に属したアメリカ軍の法律専門家を中心に行われました。その中に当時22歳だったベアテ・シロタさんという女性がいました。
ベアテさんは、国際的に著名なピアニストの父と共に、戦前の日本で少女時代を過ごしました。ユダヤ人の血を引き、後に米国籍となった彼女には、選挙権どころか基本的人権の多くが制限されていた戦前の日本の女性と子供たちの姿が心から離れなかったと、後に語っています。
彼女が憲法づくりで果たした最も大きな役割は、タイム社のリサーチャーの仕事柄、得意としていた資料収集の腕前で世界各国の憲法文章を焼け跡の東京各地の図書館や大学から入手したこと。そして14条(平等権)と24条(男女平等による婚姻)などの人権条項草案を起草したことでした。
日本政府との憲法草案会議においては自ら通訳を務め、男女平等の項目だけでなく、平和主義に立つ9条の成立にも携わったベアテさんは、理想を託した日本の新憲法を、「酷い戦争から生まれた美しい真珠」と表現しました。(出典『日本国憲法を生んだ密室の九日間』鈴木昭典著創元社、『ベアテと語る女性の幸福と憲法』ベアテ・シロタ・ゴードン他著、晶文社)
ベアテさんが起草した憲法人権草案全文については、【資料2】「日本国憲法第24条および関連条項のベアテ・シロタ執筆条項草案」をご参照ください。
出典:『憲法24条+9条-なぜ男女平等がねらわれるのか』かもがわブックレット・中里見博著)
今でも日本国民の多数が、「憲法9条の平和主義は変えないほうがいい」と思っています。(出典:「朝日新聞世論調査」『朝日新聞・2015年5月2日』、「毎日新聞世論調査」『毎日新聞・2014年5月2日』)
憲法9条の内容と果たしてきた役割だけでなく、憲法制定に込められたこうした物語を知るにつけ、日本人の平和を求める歴史の積み重ねが、現在の多数の意思に反映されていると言えるでしょう。
憲法第9条と立憲主義について
憲法と閣議決定と、どちらが上でしょうか
2014年7月1日、安倍首相は全閣僚を招集し、「集団的自衛権の行使容認」を「閣議決定」しました。これにより、憲法9条と歴代内閣の憲法解釈であった「日本は集団的自衛権を持つが行使できない」とする方針が翻りました。
日本という国は、平和主義の国であり、立憲主義を採る国です。
憲法第9条の存在と「集団的自衛権は行使しない」という国是がそれ具現化しています。
立憲主義とは?
では立憲主義というのはどういう国の形、制度のことを言うのでしょう。
国民が定めた憲法の下に国家権力と行政が置かれ、憲法に規定された国民の人権と自由を守るために政府は組織され、政府も国会議員も憲法に縛られることで、権力の暴走や恣意的行為がストップさせられるというものです。アメリカの独立宣言やフランスの人権宣言・憲法に代表される考え方です。日本国憲法の前文にも、この思想が書かれています。つまり、国民が第一で、国民は憲法を通じて権力の在り方をコントロールすることができるという仕組みなのです。
歴史的に、国家権力は一方的に国民に税や兵役を課したり、少数派の国民の人権を踏みにじることが多々ありました。こうした権力を憲法という最高法規で拘束するという統治方法が、歴史の教訓と英知として蓄積された思想と制度が、立憲主義という統治システムなのです。これを「文明」と呼ぶ識者もいます。
硫黄島視察
平成18年7月、硫黄島視察が実現しました。
戦争で亡くなられた尊い人命に心からのご冥福を祈るとともに、二度と戦争を繰り返すことのないよう世界平和をお守りすることを誓います。
そして、硫黄島における火山活動、ガス監視、津波対策等、災害対策全般にかかわる調査研究を今後の都議会や委員会審議に十分役立てて参ります。
硫黄島の戦没者約21,900人。うち収容できた遺骨は半分に満たない10,350柱。まだ見つからない遺骨が11,550柱です。(平成27年2月現在)
戦後たったの70年です。全員の遺骨をいまだ収容できない平成27年7月、しかも東京お盆の期間に、危険の芽である安保法案(集団的自衛権等)を採決している場合ではありません。
資料
資料1.戦没者230万人:兵士を「駒」扱い 愚劣な軍事指導者たち 半藤一利さんインタビュー
戦前の日本は近代国家の体をなしていなかった。「戦没者230万人」という数字はそのことを端的に示していると思います。国民を戦地に送り込むならば、国家は責任を負わなければなりません。いつ、どこで、どのように戦没したのか。確実に把握していなければならない。ところが、「戦没者230万人」という大枠のみが残り、具体的なデータは部分的にしか残っていません。厚生省(当時)は戦後、戦域別で戦没者数を算出しましたが、そこまで。死因までは分類できていない。230万人というざっくりとした数字も、私は過小評価ではないかと疑っていますよ。
詳細が分からないということは道義的にはもちろん、軍事的にも非常に問題があります。前線に送り込んだ部隊のうち、戦闘に耐えうる兵士は何人なのか。あるいは戦傷、戦病者は何人いるのか。正確な戦力を測れずして、作戦を立てることはできません。そもそも、前線に送らなければならない武器弾薬、糧食、医薬品などを算出するためにも、絶対に必要です。それができていなかったのではないか。
兵站(へいたん)を軽視した、あるいは無視したのが日本軍でした。「輜重(しちょう)が兵隊ならば チョウチョ、トンボも鳥のうち」というざれ言があります。輜重とは兵站部門のことです。そもそも、陸軍参謀本部や海軍軍令部のエリート将校にとって、兵卒はしょせん、1銭5厘(当時のはがき代)で集められる存在。作戦時には3日間分のコメ6合など25キロの荷物を背負わせ、前線へとおっぽり出した。食糧がなくなれば、現地調達しろと。降伏はありえないのだから、負け戦になれば玉砕しかありえません。敗残兵の消息など気にもとめなかった。
これに比べ、米国の手厚さは語るまでもないでしょう。あるエピソードがあります。ブッシュ元大統領(第41代ジョージ・H・W・ブッシュ、第43代大統領の父)は戦時中に小笠原諸島の父島沖で撃墜されました。元大統領は救助されましたが、この時に捕虜になった同僚がいました。戦後、米軍の調査団が父島を訪れ、彼が埋葬された墓地を掘り返したんです。すると、遺骨の首は切断されており、日本軍に処刑されたことが明らかになった。一兵士に対するまで、その死をないがしろにしない。国家としての責任を果たしているんですね。
日本軍は自己の実力を顧みず、攻勢の限界線をはるかに越えました。餓死者が続出するのは当然のことです。私は戦没者のうちの7割が、広義での餓死だと思っています。このような軍隊は古今東西にありません。人間をまるで、将棋の駒のように扱っている。
海上を移動中に乗船が沈められ、死亡した陸軍将兵は18万人にも上ると見積もっています。これも補給軽視、つまりは人命軽視の表れです。開明的とされている海軍ですが、陸軍とそんなに違いはありません。レイテ沖海戦で、小沢艦隊はおとりになりました。基幹の空母4隻に搭載した航空機は定数をはるかに下回る100機余りしかなかったのに、整備員は必要もないのに定数を乗せた。帳簿上の員数合わせだけを気にする官僚主義としかいいようがない。
軍の指導者たちは無責任と愚劣さで、兵士たちを死に追いやりました。特攻作戦も同様です。特攻隊員たちの純粋な気持ちを利用した。「日本的美学」などと言われるが、とんでもない。立派な作戦であるような顔をして、机の上で「今日は何機出撃」などと記していた参謀らを許すべからずです。
集団的自衛権の行使について、容認する声があります。何を言ってんだ、と思いますよ。戦後の日本は平和だった。その権利を行使しなかったため、何か問題があったのでしょうか。
太平洋戦争を巡り、これまで各国の将軍、提督たちを数多くインタビューしてきました。みんな、偉い人は生きているんですよ。戦争とはそういうものです。「戦没者230万人」の犠牲のうえに日本は成り立っています。その数が示していることは何か、考えてみるべきじゃないでしょうか。
資料2.日本国憲法第24条および関連条項の「ベアテ・シロタ執筆条項」草案
出展:『憲法24条+9条-なぜ男女平等がねらわれるのか』かもがわブックレット・中里見博著
第18条
1. 家族は、人類社会の基礎であり、その伝統は、善きにつけ悪しきにつけ国全体に浸透する。それ故、婚姻と家族とは、法の保護を受ける。婚姻と家族とは、両性が法律的にも社会的にも平等であることは当然であるとの考えに基礎をおき、親の強制ではなく相互の合意に基づき、かつ男性の支配ではなく相互の合意に基づくべきことを、ここに定める。
2. これらの原理に反する法律は廃止され。それに代わって、配偶者の選択、財産権、相続、本居の選択、離婚並びに婚姻および家族に関するその他の事項を、個人の尊厳と両性の本質的平等の見地に立って定める法律が制定されるべきである。
第19条
1. 妊婦と幼児の保育にあたっている母親は、既婚、未婚とを問わず、国から守られる。彼女たちが必要とする公的援助が受けられるものとする。
2. 嫡出でない子どもは法的に差別を受けず、法的に認められた子ども同様に、身体的、知的、社会的に成長することにおいて機会を与えられる。
第20条
養子にする場合には、その夫と妻、両者の合意なしに、家族にすることはできない。養子になった子どもによって、家族の他のメンバーが、不利な立場になるような偏見が起こってはならない。
第23条
すべての公立、私立の学校では、民主主義と自由と平等および正義の基本理念、社会的義務について教育することに力を入れなければならない。
第24条
公立、私立を問わず、国の児童には、医療、歯科、眼科の治療を無料で受けさせなければならない。
第25条
1. 学齢の児童、ならびに子どもたちは、賃金のためのフルタイムの雇用をすることはできない。児童の搾取は、いかなるかたちであれ、これを禁止する。
2.国際連合ならびに国際労働機関の基準によって、日本は最低賃金を満たさなければならない。
第26条
1.すべての日本の成人は、生活のために仕事につく権利がある。その人にあった仕事がなければ、その人の生活に必要な最低の生活保護が与えられる。
2.女性は専門職業および公職を含むどのような職業にもつく権利を持つ。その権利には、政治的な地位につくことも含まれる。同じ仕事に対して、男性と同じ賃金を受ける権利を持つ。
第29条
1.老齢年金、扶養家族手当、母性の手当、事故保険、健康保険、障害者保険、失業保険、社会保険などの十分な社会保険システムは、法律によって与えられる。
2.国際連合の組織、国際労働機関の基準によって、最低の賃金を満たさなければならない。
3.女性と子ども、恵まれないグループの人々は、特別な保護が与えられる。
4.国家は、個人が自ら望んだ不利益や欠乏でない限り、そこから国民を守る義務がある。