70年間の日本の恒久平和をこれからも!

――今のうち摘み取ろう、危険の芽・法案――

~集団的自衛権の解釈を変えてしまう安全保障関連法案は、やがて、憲法からはずれた拡大解釈により、肥大する~

70年前「もう二度と血を流す戦争をしない、巻き込まれたくない」と誓った中立国日本。将来、時々の政府が再び戦争を起こさないよう、他国に巻き込まれないよう、政府に「縛り」をかけるために、日本国憲法がつくられたのです。(こうした立憲主義の見地から考えると、もちろん憲法違反なのです。)
日本の自衛隊が、他国(仮にイスラム国の敵対する国)の軍隊へ後方支援したら、イスラム国はイスラムの敵対国と日本が味方であると誤解し、日本へ攻撃または海外にいる日本人を殺りくする危険が発生するのです。
日本人の、自衛隊員の一人たりとも、貴い命を落とす行為をさせてはならない、したくない。
時々の政治的判断で、解釈を勝手に変更し。自衛隊が武器をもち海外派遣させられる集団的自衛権の行使という、“危険の芽”を、今こそ未然防止しようではありませんか。

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人々の夢をつなぐ一本の糸

人々の夢をつなぐ一本の糸
永久の平和に向けて真っ直ぐに
東京だから、日本だからできるオリンピック・パラリンピックに

1940年の第12回東京オリンピックは、日中戦争への歩みの中で返上され、代替え開催のヘルシンキも第二次世界大戦の勃発で中止されました。そして、戦後復興の日本の姿を世界に示した1964年の第18回大会。東京は、過去に2回のオリンピックを「経験」しています。

神宮周辺の地は、学徒が出陣した昭和18年10月21日、戦地に向かう学生の靴音を聴きました。その21年後の同じ日(昭和39年10月21日)、世界中の輝く瞳をもった多くの若者の参集も見ました。エチオピアの青年が栄光のマラソンゲートを駆け抜けました。

将来の思いを絶たれた幻の大会と、夢を叶えた大会。この二つのオリンピックと2020年をつなぐ糸は、その先の「平和」と「繁栄」に向けて真っ直ぐにつながって欲しい。もう二度と断ち切ってはなりません。
世界中の笑顔が見たい。東京にはそれが出来るし、私たちが努力しなければなりません。

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二度と戦争をしない平和主義の誓い

憲法9条について

 日本の平和憲法は、太平洋戦争までの日本人がたどった戦争の歴史をくりかえさないために作られたものです。
先の大戦は、直接戦闘を行った軍人のみならず、戦闘地帯となった国々と地域でたくさんの犠牲者を出しました。私の母親の兄も、「体格が良い」ということで真っ先に召集令状が来て、フィリピン・レイテ島の戦闘で戦死しています。遺骨はなく、戦地の砂が入れられた木箱が戻ってきただけでした。

太平洋戦争・第二次大戦で、日本人は軍人230万人・民間人80万、合計310万が命を落としています。この他に戦争当事国の犠牲者は、米国が軍人40万人、独が軍人280万人・一般人250万人、中国は軍人130万人・民間人800万人以上とされています。(各国政府発表)
この犠牲者の中で、日本軍人の死因でいちばん多かったのが「餓死」でした。その割合は6割に達するという説もあります。
この説は歴史学者の故・藤原彰氏(一橋大名誉教授)により唱えられました。藤原氏は旧厚生省援護局作成の地域別戦没者(1964年発表)を基礎データに独自の分析を試み、『餓死した英霊たち』(青木書店)を著しました。この著書の中で、全戦没者の60%強、140万人前後が戦病死者だったと試算。さらに「そのほとんどが餓死者ということになる」と結論づけています。

近代になり、総力戦という形態になった戦争において、いちばん重要となる要素は、物資の供給と補充という「兵站」にあります。最前線の兵士から後方支援にあたる部隊に至るまで、武器はもちろん食糧といった物資を「どれだけ」「いつ」「どのように」届けたかは、戦闘行動にあたっては最も大切なこととなり、その記録も詳細なものが残るはずです。しかし日本軍と政府にはこれらの記録がほとんど残っていませでした。
そもそも日本軍はこの「兵站」を重要視していなかったと意見を作家の半藤一利氏は述べています。
*【資料1】「戦没者230万人:兵士を「駒」扱い 愚劣な軍事指導者たち 半藤一利さんインタビュー

このように、戦場に赴いた多くの人々の犠牲の後ろには、その数を上回る、彼ら兵士を戦地に送り出さざるをえなかった家族の悲しみや苦しみ、空襲に遭い疎開を強いられた子供たち等、非戦闘員だった国民全体の飢えと欠乏、政治権力がもたらした自由と人権の抑制があったのでした。
こうした悲劇をよく認識して憲法前文を読んでみましょう。すると、後段の1節である「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という文が、どれほどリアリティのあるものかが理解できます。

日本国憲法は平和を守るための美しい真珠

 日本国憲法の起草はGHQ民生局に属したアメリカ軍の法律専門家を中心に行われました。その中に当時22歳だったベアテ・シロタさんという女性がいました。

 ベアテさんは、国際的に著名なピアニストの父と共に、戦前の日本で少女時代を過ごしました。ユダヤ人の血を引き、後に米国籍となった彼女には、選挙権どころか基本的人権の多くが制限されていた戦前の日本の女性と子供たちの姿が心から離れなかったと、後に語っています。
 彼女が憲法づくりで果たした最も大きな役割は、タイム社のリサーチャーの仕事柄、得意としていた資料収集の腕前で世界各国の憲法文章を焼け跡の東京各地の図書館や大学から入手したこと。そして14条(平等権)と24条(男女平等による婚姻)などの人権条項草案を起草したことでした。
日本政府との憲法草案会議においては自ら通訳を務め、男女平等の項目だけでなく、平和主義に立つ9条の成立にも携わったベアテさんは、理想を託した日本の新憲法を、「酷い戦争から生まれた美しい真珠」と表現しました。(出典『日本国憲法を生んだ密室の九日間』鈴木昭典著創元社、『ベアテと語る女性の幸福と憲法』ベアテ・シロタ・ゴードン他著、晶文社)

ベアテさんが起草した憲法人権草案全文については、【資料2】「日本国憲法第24条および関連条項のベアテ・シロタ執筆条項草案」をご参照ください。
出典:『憲法24条+9条-なぜ男女平等がねらわれるのか』かもがわブックレット・中里見博著)

 今でも日本国民の多数が、「憲法9条の平和主義は変えないほうがいい」と思っています。(出典:「朝日新聞世論調査」『朝日新聞・2015年5月2日』、「毎日新聞世論調査」『毎日新聞・2014年5月2日』)
憲法9条の内容と果たしてきた役割だけでなく、憲法制定に込められたこうした物語を知るにつけ、日本人の平和を求める歴史の積み重ねが、現在の多数の意思に反映されていると言えるでしょう。

憲法第9条と立憲主義について

憲法と閣議決定と、どちらが上でしょうか

2014年7月1日、安倍首相は全閣僚を招集し、「集団的自衛権の行使容認」を「閣議決定」しました。これにより、憲法9条と歴代内閣の憲法解釈であった「日本は集団的自衛権を持つが行使できない」とする方針が翻りました。 日本という国は、平和主義の国であり、立憲主義を採る国です。
憲法第9条の存在と「集団的自衛権は行使しない」という国是がそれ具現化しています。

立憲主義とは?

では立憲主義というのはどういう国の形、制度のことを言うのでしょう。
国民が定めた憲法の下に国家権力と行政が置かれ、憲法に規定された国民の人権と自由を守るために政府は組織され、政府も国会議員も憲法に縛られることで、権力の暴走や恣意的行為がストップさせられるというものです。アメリカの独立宣言やフランスの人権宣言・憲法に代表される考え方です。日本国憲法の前文にも、この思想が書かれています。つまり、国民が第一で、国民は憲法を通じて権力の在り方をコントロールすることができるという仕組みなのです。

歴史的に、国家権力は一方的に国民に税や兵役を課したり、少数派の国民の人権を踏みにじることが多々ありました。こうした権力を憲法という最高法規で拘束するという統治方法が、歴史の教訓と英知として蓄積された思想と制度が、立憲主義という統治システムなのです。これを「文明」と呼ぶ識者もいます。

「憲法が私たちを守る」(故愛川欣也さんの言葉)

 過日逝去された俳優の愛川欣也さんは生前、「私たちは憲法を守る、憲法が私たちを守る」とおっしゃっていました。一国民としての憲法に対する姿勢のみならず、憲法を尊重し擁護する法的義務を負うはずの政治家に、常に口にしてほしいフレーズです。

日本国憲法の第99条にも書かれていますが、国会議員、大臣や行政に携わる者は憲法を尊重し擁護する義務を負っています。なのに、一行政機関でしかない内閣の閣議決定が憲法を事実上改正してしまうという事態は、明らかに権力の暴走と捉えることができます。
今回の集団的自衛権の行使容認に関連して、当初国民投票による憲法改正や改正手続きの緩和などを現政権は試みましたが、ハードルが高く断念しました。その結果、考え出されたやり方が、国民と国会の同意を必要としない、閣議決定でも有効であるとした政治手法でした。

国民投票という大きな手続きが必要な憲法の改正を、内閣という一役所の決定だけという小さな手続きで成立させてしまうという「悪しき矮小化」をしてはなりません。現内閣は取ったこととなります。まるで、スポーツ選手が自分に有利なようにルールを変えずにこっそりルールの解釈を変えてしまったかのようです。過去の歴代政権の、憲法ときちんと向き合ってきた、正道と言われる姿勢と比較して、邪道とのそしりを免れません。

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福井県・大飯原発の差し止めについて

憲法の視点から、脱原発を考える

3.11の前と後

 2011年3月11日、東北地方沿岸部を襲った地震と津波により福島第一原発は核燃料のメルトダウンなどの重大事故を起こし、その被害は今も収束していません。この福島第一原発事故を契機に、日本人は決して原発が安全ではなく、安価なエネルギーでもないと認めざるをえなくなりました。

憲法から見た原子力発電とは -福井県・大飯原発の差し止めについて-

 「原子力発電は、日本経済と国民の豊かさのために必要だ」という意見がある一方、「3.11」をきっかけに、多くの日本人が「経済効率性のための原発推進」については疑問を感じています。
 2014年5月21日、こうした論議に憲法の視点から一石を投じる判決が出されました。福井地方裁判所で争われていた大飯原発運転差止めをめぐる訴訟です。判決は、差止めを認めるというもの。その理由としてあげられたのが、日本国憲法第13条に規定された「幸福追求権」とそこから導かれた「人格権」という基本的人権。そして、この権利を上回る価値は存在しないという憲法理論でした。
以下は、その判決文の抜粋です。

■福井地裁の判決文・抜粋
 個人の生命,身体,精神及び生活に関する利益は,各人の人格に本質的なものであって,その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条,25条),また人の生命を基礎とするものであるがゆえに,我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。
したがって,この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは,その侵害の理由,根拠,侵害者の過失の有無や差止めによって受ける不利益の大きさを問うことなく,人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。(中略)
原発の稼働は法的には電気を生み出す一手段である経済活動の自由に属し、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。

■憲法13条と幸福追求権
参考までに、憲法第13条(幸福追求権など)と第25条(生存権)の条文を以下にご紹介します。これに奉仕する下位の概念として憲法22条等29条の「経済的自由」(同様に記載)が存在するというのが、最高法規である日本国憲法からのメッセージです。

日本国憲法
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
第29条 財産権は、これを侵してはならない。
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。

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硫黄島視察

平成18年7月、硫黄島視察が実現しました。
 戦争で亡くなられた尊い人命に心からのご冥福を祈るとともに、二度と戦争を繰り返すことのないよう世界平和をお守りすることを誓います。
そして、硫黄島における火山活動、ガス監視、津波対策等、災害対策全般にかかわる調査研究を今後の都議会や委員会審議に十分役立てて参ります。

硫黄島の順路

入間基地から自衛隊機に乗り約2時間。上空にまで硫黄の臭いがする、するとその下には硫黄島と青い海…。硫黄島基地に着陸した。硫黄島は、海底カルデラ火山の山頂部にあたる。父島の南約280kmの位置。
天山にある硫黄島戦没者の碑で献花。そして地震計の調査を行う。
栗林壕、壁画、医務科壕を訪れた。壕の中は熱い。暑く苦しい追い詰められた過酷な戦いだったろう。火山活動で地下水はなく、天水に依存する。
平和祈念会館で意見交換を行う。祈念会館は、旧島民の墓参(都年2回、村年1回)や遺骨収集(国年4回)などにも使われている。
硫黄ヶ丘で地熱調査。島で一番硫黄が露出しているところだ。平和祈念墓地公園で戦没者慰霊の献花。そして、水蒸気爆発痕の調査を行う。
西海岸の千鳥ヶ浜は美しい砂浜だ。しかし、沈没船(軍艦)が今もなお、目の前に横たわっている。鶯地獄等の調査。
擂鉢の形をした擂鉢山は、陸上火山の溶岩と火砕丘であり、中腹に水平砲があった。地震計の調査を行う。擂鉢山で黙とう。GPS調査、地熱調査を行う。年平均気温は24℃。鎮魂の丘で戦没者慰霊の献花。地形調査を行う。
火山噴火の型は水蒸気爆発で、党内の至るところで発生している。隆起速度も大きく、最近20年(1980-2000)では元山地区は90㎝沈み、南西部は328㎝隆起している。
戦争から60余年、折しもクリント・イーストウッド監督による映画「硫黄島からの手紙」2部作が上映されている。硫黄島をアメリカから両国の立場で描かれている。戦争を知らない世代に語り継いでいきたい。

水平砲 硫黄が丘
硫黄島からの手紙

都議会初の硫黄島視察が平成18年に実現しました。大津都議は総務委員長として、火山活動や防災について調査。ちょうどクリント・イーストウッド監督による映画「硫黄島からの手紙」が上映された頃でした。太平洋戦争の悲劇となった硫黄島は、東京都の島で、名の通り、上空まで硫黄の臭いがします。
 昭和20年2月19日、硫黄島が米軍に攻撃されました。10数万人の大軍に対し、日本2万1200人。36日間の戦闘の末、米国死傷者2万8686人、日本は兵士のほとんど1万9400人が戦死。「国の為重きつとめを果たし得で、矢弾尽き果て散るぞ悲しき」。指揮官栗林中将が最後に日本本土に打った電文です。戦争が終わり、硫黄島で亡くなったほとんどの日本兵の遺骨は、地下にそのままとなっており、その数はおよそ1万、ご遺族も高齢化しています。
 日本人と日本を思いながらのことを思うと胸が痛みます。硫黄島では、ほとんどの方が戦死され、生きている語り部がほとんどいません。今回視察した硫黄島の大地には、戦死された方たちが当時のまま眠っています。そのことを常に忘れないこと、早く、戦没者の方たちの遺骨や遺品を家族や故郷に戻せるように、東京都にも働きかけていきます。そして、もう二度と戦争を起こさないためにも…。

硫黄島からの手紙

 自分の足で硫黄島に立ってみて、「平和であること」「世界平和を創り出すこと」が、議会と政治家の最も大切な使命だと実感しています。
 戦争の開始を決定するのも、終戦を決定するのも議会と政治家によって行われます。つまり、政治は戦闘に対して最後の責任と決定をする存在なのです。
 映画「硫黄島からの手紙」の中には、議会や政治家が登場してきません。だからこそ、逆にその存在の重大さを感じます。常に、平和への義務感をもった現場主義の都議会議員として、働いていきたいと考えています。
「世界の平和」を「創り出すこと」が、議会と政治家の最も大切な天命と捉え、平和への義務を背負っていきたいと思います。

硫黄島の戦没者約21,900人。うち収容できた遺骨は半分に満たない10,350柱。まだ見つからない遺骨が11,550柱です。(平成27年2月現在)
戦後たったの70年です。全員の遺骨をいまだ収容できない平成27年7月、しかも東京お盆の期間に、危険の芽である安保法案(集団的自衛権等)を採決している場合ではありません。

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資料

資料1.戦没者230万人:兵士を「駒」扱い 愚劣な軍事指導者たち 半藤一利さんインタビュー

『毎日新聞、2014年08月15日』

 戦前の日本は近代国家の体をなしていなかった。「戦没者230万人」という数字はそのことを端的に示していると思います。国民を戦地に送り込むならば、国家は責任を負わなければなりません。いつ、どこで、どのように戦没したのか。確実に把握していなければならない。ところが、「戦没者230万人」という大枠のみが残り、具体的なデータは部分的にしか残っていません。厚生省(当時)は戦後、戦域別で戦没者数を算出しましたが、そこまで。死因までは分類できていない。230万人というざっくりとした数字も、私は過小評価ではないかと疑っていますよ。
 詳細が分からないということは道義的にはもちろん、軍事的にも非常に問題があります。前線に送り込んだ部隊のうち、戦闘に耐えうる兵士は何人なのか。あるいは戦傷、戦病者は何人いるのか。正確な戦力を測れずして、作戦を立てることはできません。そもそも、前線に送らなければならない武器弾薬、糧食、医薬品などを算出するためにも、絶対に必要です。それができていなかったのではないか。
 兵站(へいたん)を軽視した、あるいは無視したのが日本軍でした。「輜重(しちょう)が兵隊ならば チョウチョ、トンボも鳥のうち」というざれ言があります。輜重とは兵站部門のことです。そもそも、陸軍参謀本部や海軍軍令部のエリート将校にとって、兵卒はしょせん、1銭5厘(当時のはがき代)で集められる存在。作戦時には3日間分のコメ6合など25キロの荷物を背負わせ、前線へとおっぽり出した。食糧がなくなれば、現地調達しろと。降伏はありえないのだから、負け戦になれば玉砕しかありえません。敗残兵の消息など気にもとめなかった。
 これに比べ、米国の手厚さは語るまでもないでしょう。あるエピソードがあります。ブッシュ元大統領(第41代ジョージ・H・W・ブッシュ、第43代大統領の父)は戦時中に小笠原諸島の父島沖で撃墜されました。元大統領は救助されましたが、この時に捕虜になった同僚がいました。戦後、米軍の調査団が父島を訪れ、彼が埋葬された墓地を掘り返したんです。すると、遺骨の首は切断されており、日本軍に処刑されたことが明らかになった。一兵士に対するまで、その死をないがしろにしない。国家としての責任を果たしているんですね。
 日本軍は自己の実力を顧みず、攻勢の限界線をはるかに越えました。餓死者が続出するのは当然のことです。私は戦没者のうちの7割が、広義での餓死だと思っています。このような軍隊は古今東西にありません。人間をまるで、将棋の駒のように扱っている。
 海上を移動中に乗船が沈められ、死亡した陸軍将兵は18万人にも上ると見積もっています。これも補給軽視、つまりは人命軽視の表れです。開明的とされている海軍ですが、陸軍とそんなに違いはありません。レイテ沖海戦で、小沢艦隊はおとりになりました。基幹の空母4隻に搭載した航空機は定数をはるかに下回る100機余りしかなかったのに、整備員は必要もないのに定数を乗せた。帳簿上の員数合わせだけを気にする官僚主義としかいいようがない。
 軍の指導者たちは無責任と愚劣さで、兵士たちを死に追いやりました。特攻作戦も同様です。特攻隊員たちの純粋な気持ちを利用した。「日本的美学」などと言われるが、とんでもない。立派な作戦であるような顔をして、机の上で「今日は何機出撃」などと記していた参謀らを許すべからずです。
 集団的自衛権の行使について、容認する声があります。何を言ってんだ、と思いますよ。戦後の日本は平和だった。その権利を行使しなかったため、何か問題があったのでしょうか。
 太平洋戦争を巡り、これまで各国の将軍、提督たちを数多くインタビューしてきました。みんな、偉い人は生きているんですよ。戦争とはそういうものです。「戦没者230万人」の犠牲のうえに日本は成り立っています。その数が示していることは何か、考えてみるべきじゃないでしょうか。

資料2.日本国憲法第24条および関連条項の「ベアテ・シロタ執筆条項」草案

出展:『憲法24条+9条-なぜ男女平等がねらわれるのか』かもがわブックレット・中里見博著

第18条
1. 家族は、人類社会の基礎であり、その伝統は、善きにつけ悪しきにつけ国全体に浸透する。それ故、婚姻と家族とは、法の保護を受ける。婚姻と家族とは、両性が法律的にも社会的にも平等であることは当然であるとの考えに基礎をおき、親の強制ではなく相互の合意に基づき、かつ男性の支配ではなく相互の合意に基づくべきことを、ここに定める。
2. これらの原理に反する法律は廃止され。それに代わって、配偶者の選択、財産権、相続、本居の選択、離婚並びに婚姻および家族に関するその他の事項を、個人の尊厳と両性の本質的平等の見地に立って定める法律が制定されるべきである。

第19条
1. 妊婦と幼児の保育にあたっている母親は、既婚、未婚とを問わず、国から守られる。彼女たちが必要とする公的援助が受けられるものとする。
2. 嫡出でない子どもは法的に差別を受けず、法的に認められた子ども同様に、身体的、知的、社会的に成長することにおいて機会を与えられる。

第20条
養子にする場合には、その夫と妻、両者の合意なしに、家族にすることはできない。養子になった子どもによって、家族の他のメンバーが、不利な立場になるような偏見が起こってはならない。

第23条
すべての公立、私立の学校では、民主主義と自由と平等および正義の基本理念、社会的義務について教育することに力を入れなければならない。

第24条
公立、私立を問わず、国の児童には、医療、歯科、眼科の治療を無料で受けさせなければならない。

第25条
1. 学齢の児童、ならびに子どもたちは、賃金のためのフルタイムの雇用をすることはできない。児童の搾取は、いかなるかたちであれ、これを禁止する。
2.国際連合ならびに国際労働機関の基準によって、日本は最低賃金を満たさなければならない。

第26条
1.すべての日本の成人は、生活のために仕事につく権利がある。その人にあった仕事がなければ、その人の生活に必要な最低の生活保護が与えられる。
2.女性は専門職業および公職を含むどのような職業にもつく権利を持つ。その権利には、政治的な地位につくことも含まれる。同じ仕事に対して、男性と同じ賃金を受ける権利を持つ。

第29条
1.老齢年金、扶養家族手当、母性の手当、事故保険、健康保険、障害者保険、失業保険、社会保険などの十分な社会保険システムは、法律によって与えられる。
2.国際連合の組織、国際労働機関の基準によって、最低の賃金を満たさなければならない。
3.女性と子ども、恵まれないグループの人々は、特別な保護が与えられる。
4.国家は、個人が自ら望んだ不利益や欠乏でない限り、そこから国民を守る義務がある。

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